祈りと労働がその生活原理である。
戒律の厳しい修道院では毎日の日課が克明に定められており、女子修道院では外部との交流を厳しく制限する禁入制をとるところも少なくない。
ただし第二バチカン公会議(1962~65)以降、修道院の生活規則も、時代に適応するべく変更ないし緩和される傾向にある。
祈りと労働がその生活原理である。
戒律の厳しい修道院では毎日の日課が克明に定められており、女子修道院では外部との交流を厳しく制限する禁入制をとるところも少なくない。
ただし第二バチカン公会議(1962~65)以降、修道院の生活規則も、時代に適応するべく変更ないし緩和される傾向にある。
遺伝子概念の発展は、チェコのブルノの町で修道院の司祭をしていたメンデルは1865年にエンドウの交雑実験の結果をまとめて『植物雑種の研究』という論文を発表した。
この論文はのちに「メンデルの法則」とよばれるようになった遺伝の原理を示したものであるが、このなかでメンデルは、親から子孫に生殖細胞を通して伝えられ、遺伝形質を決定するものの存在を推定し、これを「要素」とよんだ。
メンデルが初めて明らかにした遺伝の要素は、1909年にデンマークの遺伝学者のヨハンセンによってドイツ語でゲンGenと名づけられ、日本語では「遺伝子」とよばれるようになった。
その後、主としてショウジョウバエを用いた研究から遺伝子と染色体の関係が明らかにされ、アメリカの遺伝学者T・H・モーガンが1926年にその著書『遺伝子説』で主張したように、遺伝子は染色体上に線状に配列する粒子であると考えられるようになった。
1940年代には、遺伝生化学や分子遺伝学研究が発展し、遺伝子は染色体をつくる核酸の一種であり、酵素分子の働きを支配して遺伝形質を決定することが明らかにされた。
1960年代には、遺伝子のもつ遺伝暗号がすべて解読され、遺伝情報の発現機構が解明された。